2019年02月01日
社会・生活
企画室
岩下 祐子
「ボイ!」「ボイ!」―。フットサルとほぼ同じ広さのピッチに、アイマスク(目隠し)を着用した選手たちの声が響き渡る。彼らが追うサッカーボールからは、転がるたびに「シャカシャカ」という音が漏れる。目の不自由な人たちのために考案されたブラインドサッカーの試合風景だ。
「ボイ(Voy)」は、スペイン語で「行く」という意味。選手は危険な衝突を避けるため、この掛け声で自分の存在を知らせる。黙っていると、ファウルを取られてしまう。選手はボールの音や味方からの指示を頼りに試合を進める。ゴール裏には選手にゴールの位置や距離、シュートのタイミングなどを伝える「ガイド(コーラー)」と呼ばれる人が立つ。
キレのあるドリブルや狙いすましたシュート。トラップやパス、ディフェンスと駆け引きする姿は、普通のサッカーと変わらない。違うのは両サイドのラインに高さ1メートルのフェンスが並んでいる点だ。選手はこれにぶつかることで、自分の位置や向きなどをつかむ。フェンスとの衝突の激しさは想像をはるかに超えていた。
声や音が飛び交うピッチと対照的に、観客席は静まり返っている。カメラのシャッター音でさえ、とても大きく感じるほどだ。ピッチの気配を読み取ろうと耳を澄ます選手の邪魔をしないよう、「心の中」で応援するのがマナーなのである。ただし、ゴールが決まったときは別。沈黙を破り、大歓声や拍手が巻き起こる。そして選手は、その声で自分が得点したことを知るのだ。
「ブラインドサッカーは自由をくれる」―。ブラインドサッカー協会のホームページに記載されているこの言葉に納得した。魅力についてこう強調する理由は、一般に視覚障害者スポーツは選手同士が接触しないよう、さまざまなルールを設ける。例えば、視力が弱い人ほど動ける範囲を限定するのだ。しかし、ブラインドサッカーではピッチを自由に駆け巡ることができる。このため視覚障害者が日常で感じることが難しい「動くことの自由と喜び」を感じられるという。
ブラインドサッカーはパラリンピックや世界選手権の種目になるなど国際大会も盛んで、国内でも地域でのリーグ戦や日本選手権などが開催されている。このため日本でも競技人口が増え、実力も徐々に向上している。しかし、どこでも試合を開けるほどには支援体勢が整っていない。
例えば、審判員の資格を持つのは全国で40~50人だけ。その一人である岩本剛(筆者の夫)によると、基本はフットサルだが、選手交代の時はアイマスクのチェックをしたり、選手の片手を肩に載せて誘導したりしなければならない。笛の音や「ファウル」のコールなどもハッキリさせる必要があり、気を遣うという。専用フェンスの運搬や会場の設営にはたくさんのボランティアも必要だ。
2020年東京パラリンピックに向けて競技を盛り上げるにはどうすればよいのか。健常者の参加も一つの方法だ。実は、ブラインドサッカーは普通の人も楽しめるからだ。パラリンピックなどの国際大会には全盲と判断された者しか参加できない。だが、一般の試合なら目が見える人でもアイパッチを貼って、その上からアイマスクをすれば条件は同じになり参加できる。体験会に参加した健常者の夫は「普段では得難い体験ができた」と話す。皆さんも是非、試合への参加や観戦を通してブラインドサッカーの魅力に触れてほしい。
日本ブラインドサッカー協会
http://www.b-soccer.jp/
岩下 祐子